Any Day Now(2012)

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【あらすじ】
1979年、ウェスト・ハリウッドのゲイバー。
女装して口パクでショーを行うルディは、客席から熱い視線を送るポールと出会い、すぐに恋に落ちる。
地方検事局勤めの検察官だと言うポールから連絡先をもらってアパートに帰ると、翌朝、隣の部屋でダウン症の少年マルコと出会う。
母マリアンナからネグレクトを受けるマルコのことで助言をもらおうと、ポールに連絡してみるも、取り次ぎを拒否されたため、直に地方検事局へ。
が、職場でゲイをひた隠すポールに無下にされ、捨て台詞で飛び出す。
仕方なくマルコを連れてアパートに戻るも、マリアンナが薬物所持で逮捕されたために、彼が家庭局の担当者に連れて行かれるのを見送るしかない。


またバーに現れたポールから謝罪を受け、ルディは彼を許す。
ポールに歌手になる夢を打ち明け、車で送ってもらうと、その途中でとぼとぼと歩くマルコを見かける。
聞けば、施設を抜け出して歩いてきたとのこと。
アパートにマルコを連れ帰ると、食事を食べさせたり、物語を聞かせて寝かしつけたりするうち、愛情とともに彼を引き取りたいという気持ちが湧いてくる。
ポールの提案で暫定的監護権を目指すことにし、獄中のマリアンナから承諾を得て、住まいも法的要件を満たしたポールの部屋に移すことに。
審問は問題なく進み、マイヤーソン判事によってマルコの監護権が認められるが、ただ一つの懸念は、同居する男2人の関係を"いとこ"と偽ったこと。

晴れて3人家族の生活が始まる。
マルコに自分の部屋を与え、特別プログラムのある学校へ通わせ、クリスマスや誕生日を祝い、ハロウィンには3人で仮装するなど、2人はあらん限りの愛を注ぐ。
一方で、ルディはポールから贈られたレコーダーでデモテープを作って各所へ送り、夢への一歩を踏み出す。

上司のウィルソンからホームパーティーに招かれたポールは、熱心にルディとマルコの同伴を求められたことを訝しがりながらもそれを承諾。
当日、楽しそうに食べたり踊ったりするマルコを見て微笑むが、いとこ同士のフリをすることに不満なルディとは一悶着。
その場面をウィルソンに見られていたことなど知る由もない。

ポールが突然地方検事局をクビになったころ、自宅ではルディの抵抗虚しくマルコが家庭局によって連れて行かれる。
2人はすぐさまマルコを取り戻すべく申立てを行い、マイヤーソン判事に不当な仕打ちを訴えるも、関係を偽ったことが問題視されて結果は却下。
それならば、と永久監護権の請求に切り替えてなんとか審理に持ち込むことに成功。
ルディはゲイバーを辞めて備えるも、審理ではマルコの公選弁護人ランバートにゲイの保護者が子供に与える悪影響をあげつらわれ、煮え湯を飲まされる。
マルコ本人がルディたちと暮らすのを望んでいることが示され、ポールも精一杯の言葉で判事の心情に訴えかけるが、決定は覆せず。

失意のルディに、デモテープを聴いたハリウッドのクラブオーナーから連絡が入る。
歌う機会を得たルディは、マルコと引き離された悲しみを込めて歌い上げ、ポールとともにもう一度立ち上がる。
黒人弁護士ワシントンに依頼して控訴に踏み切ると、審理の前に30分だけマルコとの面会が許され、施設に入れられて少し痩せた彼の姿に、決意を新たにする。
が、審理が始まるや、レズニック判事から告げられたのは、請求の棄却。
それは、ウィルソンの仲立ちで早期仮釈放されたマリアンナが、その条件だったマルコの監護権回復の申立てをし、判事がそれを認めたため。
接近禁止命令まで出され、ルディとポールにこれ以上抗う術は無し。

ふたたび母親と暮らし始めたマルコ。
相変わらず麻薬と男に溺れる母親の命令で廊下に出されると、たったひとつの"家"に向かって歩き出す。

ポールは、ランバート、マイヤーソン判事、レズニック判事、ウィルソンに手紙を出す。
「新聞記事を同封します。ご覧になってはいないでしょう。ガスの高騰、大統領選など一面を飾る報道の陰に小さく埋もれた記事です。知的障害のあるマルコという少年が、3日間 家を捜し歩いた末、橋の下で独り死んだそうです。皆さんはマルコと面識がなくご存じないでしょうから、少しだけお伝えします。マルコは心の優しい、賢く楽しい子供でした。笑顔は周りを明るくしました。チョコレートドーナツに目がなく、ディスコダンスの達人でした。寝る前の物語が好きで、せがむのはハッピーエンド。ハッピーエンドが大好きでした」
そしてルディは、ポールとマルコに語りかけるように、希望の歌を歌い続ける。


【感想】
何て悲しい結末なのかしら。・゚・(ノД`)・゚・。
でも、不思議と 後味は悪くない の。
ルディが最後に歌ってたように、「解き放たれる」時 が来ることを知ってるからかしら。
アメリカ全土で同性婚を合憲とする判断が出された今、昔のゲイの苦境を描く物語に触れると、感慨深いものがあるわね。

ルディが歌で心情を表すところ がこの映画の素晴らしいところよね。
別録りの歌もあるみたいだけど、ほとんどそう感じさせないクオリティで、生々しい感情が伝わってきたわ。
アラン・カミングの歌は、この間のトニー賞授賞式くらいでしか聞いたことなかったんだけど、やっぱり上手いのね。

マルコ役のアイザック・レイヴァ(Isaac Leyva)って、すごくイイ顔で笑うわね。
ルディにヘンなフランス語でチーズを勧められたとき。
ポールにチョコレートドーナツをもらったとき。
ルディに「魔法の少年マルコ」のお話を聞かせてもらったとき。
どれも、演技じゃなくて心からの笑顔 に見えたわ。

この時代のゲイへの風当たりが強いのは理解できるんだけど、出てきた法曹関係者がこぞって酷い仕打ちをするのがちょっと解せないわ。
とりわけ、ウィルソンとランバートなんて、ルディとポールに私怨でもあるんじゃないか と思わせるくらい、執拗に嫌がらせしてきたわよね。
ゲイカップルにマルコを渡したくないがために、ヤク中の母親を仮釈放させてまで引き取らせるなんて、ちょっと考えにくいわ。

ランバートが証人席のルディに対して、マルコが一番好きな玩具は何か問うシーン。
それは女の子の人形で、ランバートは ルディがマルコに与えた悪影響 を示そうとしてそんな質問をしたわけ。
あの人形はルディと出会う前からのマルコのお気に入りだから、ルディはそう主張すればいいのに、痛いとこ突かれたΣ(´Д`) みたいなリアクション。
それを証明できるかどうかは別として、主張すらしないのは不自然だわ。

あとは、ルディがマルコを引き取ろうと決断するまでが、いささか性急な感じがしたわ。
子供一人を育てるって大変なことだし、ましてや障害を持ってる子よ?
愛情が育まれる過程 をもうちょっと丁寧に描いても良かったんじゃないかしら。
それを言ったら、ルディとポールのくっつき方も似たようなもんだけどw

ところで、これってまったくのフィクションなのかと思ってたら、そうでもないのね。
オフィシャルサイトによると、

1970年代のアメリカ・ブルックリンで実際にあった「障がいを持ち、母親に育児放棄された子どもと、家族のように過ごすゲイの話」。本作はモデルになった男性と同じアパートに住んでいたジョージ・アーサー・ブルームによってシナリオ化された。
http://bitters.co.jp/choco/

ですって。
なんだか中途半端な感じ。
実話はこんなことにはなってないのに、無理矢理悲しい結末 にしたのかと思うと、ちょっと興醒めするわね。
だったら、いっそ まるごと全部フィクション だったほうが良かったわ。

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コメント

  1. なし | -

    いくつもある批評の中で一番しっくり来る批評でした。

    ( 23:45 )

  2. Ricky247 | -

    いらっしゃ~い( ´ ▽ ` )ノ

    んま! なんてうれしいお言葉!(゚∀゚)

    感想の後半が批判ばっかりになっちゃったけど、いい映画だったわよね~。
    アラン・カミングの女装姿には目をつぶってもらって、いろんな人に見てもらいたい映画だわ。

    ( 00:46 )

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